遥かなる君の声
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     〜なんちゃってファンタジー“鳥籠の少年”続編
 

 
   
迷宮の章


          



 現在の“世界”を示す地図の上、最も歴史が古く、最も広大な大陸の北の果てに位置するのが、王城キングダムという大国で。冬場の寒さが厳しい土地であるにもかかわらず、いやむしろ、だからこその深い知恵や忍耐、意見の違うもの同士が、されど一つことへ協力することで無限に広がる可能性の素晴らしさがよくよく尊ばれたのか。聡明にして慈悲深く、敬虔なる創始者たちの遺志を継ぎ、代々の国王たちはどの人物をとってみても、自分に厳しく、民には寛大。多くを求めず、されど安寧へはどんな努力も怠らず。才気走ることもなければ、挑発に乗っての苛烈な戦争をも起こさず。どんな苦衷にもギリギリまで粘って耐えての交渉を展開し、それでもダメなら。王への、そして国土への忠誠を誓った、頼もしき騎士や兵士たちが打って出る。

  ――― 不敗無敵の奇跡の王国。

 その建国の頃からのずっとずっと。王族のみならず、神官も騎士や剣士たちも、そして民たちも。大地と神々からの祝福を受け続けたことへの感謝を常に忘れずにいて。そんな心得のこれも賜物か、この大陸には土地の滋養の他にも大地に漲(みなぎ)る不思議な気脈が強く有り。しかもしかも、神官のみならず ごくごく一般の人々も、その恵みを…稀なる力をよくよく知っており。その気脈の制御のための修行をこなした“導師”たちは、王家付きの神官と並ぶほどもの尊敬でもって遇される。精神を集中しながら、咒詞を唱え、陣を描き、印を切ることで、魔を断ち、邪を払い。自然界の森羅万象を司るエレメント…風・水・火・土という元素を制御することで、雨や嵐といった気象現象や、地震や発芽などという自然現象さえも意のままに出来た者までいたとされ、かつての昔、王が覇権を争った英雄伝説の中にも多くの導師たちがその名を残している。そんな彼らのような“能力者”の存在は、決して…国を興
おこした経緯を綴った昔話や神話の中にのみ語られる、敬虔で人望の厚かった“賢者・聖者”の徳の具現化に非ず。普通一般の町中の教会においでの方なら、日々ありがたき説法を説かれ、祈りによって邪を清めて下さり。もう少し位の高きお方であれば、伝説の練金術もかくやとばかり、何もないところから炎を現し、風を招き、嵐を起こし。はたまた、御自身の生気を分けることで傷病を癒したり、聖なる結界を築すことも出来。もっと高位の御方ともなれば、邪妖悪霊を聖なる御力で封印滅殺したり、その御身を風に乗せ、瞬く間にも遠方まで飛ばしたり、伝説の中“旅の扉”と呼ばれた、大地の気脈の高まる節々を見つけ、遠隔地までを一気に跳躍する術をもご存知で。近年発展を見せつつある“科学”の知恵、誰にでも操れる“物理機巧(からくり)”に、やがては取って代わられるのかもしれないが、間違いなく今現在もなお、この大陸に於ける最も崇高な奇跡として実際に存在し続けている、力であり、能力(アビリティ)である。




 北端の冬は地獄のような極寒に覆われるというに、南の端では雪知らずというほどにも、それはそれは広大なこの大陸の東の端に、泥門という地域がある。山裾に位置する小さな小さな寒村だが、いつの頃からとも知れないながら、此処には大地の気脈を把握し制御する導師となるための、結構高名な庵房が存在し。付近の土地から聖なる鉱石が採取出来たことから居着いた最初の導師様がいて、それが代々続いて今の代で…何代目になるのやら。優れた師範の指導を受けて、導師としての修養を収め、ありがたい免許皆伝の証しをいただこうという候補者たちの、殊に幼い者たちが多く訪れる土地なれど、素養のない者は早々と里へ帰される。学問や手順としての方法論をただ学ぶだけの庵ではないからで、人生のうちの何年もをかけて、じっくりと気性を練り上げ、大地の息遣いを肌身で知り、人知の小賢しさを悟った上で、結果として大掛かりな咒さえも制御出来るような高位の導師になる育成の場。ちなみに、そんな庵房の現世の師範はというと…戦乱に縁のない時代に相応しく、限りなく温厚で、至っておっとりのんびりとした賢者だとのこと。

  ――― そして。

 その奥向きの極東の果てには、人跡未踏の地とさえ言われる、それはそれは峻烈な山岳地帯が衝立
ついたてのように聳そびえ立つ。神の座という意味の古語である“アケメネイ”と名付けられたその地には、実は…人知れず古くから隠れ里があったとのことで。神話に連なるほどかもというほどの大昔、世界を作りし存在より分かれ、最も崇高な力をもって地上を統べていた“陽白の一族”たちからの推挙を受けた封咒の一族が、そこにおいて聖地を守りながら“光の公主”の覚醒を待つことを命じられ。それ以降、混血のない世代交代のためにだけ、族長の一門が定期的に地上へ降り立つその他には、他の土地・他の民らとそれらが紡ぐ歴史から、完全に寸断されたままで過ごした、特殊極まりない一族は、能力に推敲を重ねつつ、ただひたすら“時”を待ったという。

  ――― そしてそして…やっとの僥倖。
       公主様の覚醒をお助けする和子“金のカナリア”が
       一族の中から生まれ出たのが、今を逆上る十数年前のお話。

 公主様が覚醒なさった今、もう聖地への護守封印をかけておく必要もなくなったから。公主様の傍にあって“カナリア”として覚醒の導きをするという役目を果たしたのだろう、かつてここから旅立たせた少年へ、その身にかけた感知封じの咒も解いてあげましょうと。わざわざ聖地アケメネイから下山し、王城の城までやって来たのが、葉柱ルイという年若き導師様。封咒を使いこなすことに連なる技として、式神を用いたり聖獣を操ることにも長けており。人跡未踏と呼ばれる由縁、それは峻烈な山岳地帯からの唯一の下山手段だという、スノウ・ハミングという聖鳥の奇跡の力を利用して、こつこつと下界を巡った旅の末。極北は王城キングダムの首都にある、王家の居城に居るのだと突き止めて。カナリアなんてな優美可憐な名前の存在な割に、随分と過激で頼もしき蛭魔さんへと逢いに来たのが、昨年の秋の終わりごろ。ああ、あの頃は退屈なほど穏やかで安寧で。皆がその毎日を、ささやかな幸いと微笑とで紡ぎつつ、昨日から今日、今日から明日と、当たり前のこととして続くことを疑わず。淀むことなく流れゆく日々の中、それは穏やかに幸せに過ごしていたんだっけね。そりゃあ大きな戦いを鎮めたからこその、これから永劫続くのだろう平和をしみじみと堪能していたのにね………。







            ◇



 あれから数えて、はや半年。
“早いものだか、それとも やっとなのだか。”
 速足でやって来た冬の間、暖かな春が来るまでどうか滞在していて下さいませと、他でもない“光の公主”様からのおねだりにあい。役目は済ましたがそれからも、この王城キングダムの主城に留まって、公主様の咒のお勉強へのフォローをしつつ、結構のんびりと過ごしていたのだが。
“…結果としてはそうしていて良かったということか。”
 まさかこんな…春の雪解けと共に襲い来る不埒な輩が現れようとは、一体誰が予想したことか。旅立ちのための装束として、防寒用のヤギの毛の内着の上、咒詞が型押しされた肩当てと胸当てを装備し、少しばかり堅くてしっかりした厚手の生地の、道着を羽織る。左の腕を袖へと通すのに上げかけて、鈍い痛みに眉が寄った。昨夜負ったばかりの傷だ。一応は桜庭から治癒の咒をかけてもらってあるものの、まだ完全には塞がっていない。こちらが繰り出した剣の切っ先が、顔の真正面から突っ込んだのに。それを恐れもせず、瞬ぎもしないままにいた、とんでもない刺客がいて。その切っ先に溜めも迷いもない、鬼のように感情の籠もらぬ一太刀にて、躊躇なく突かれたことで負った傷だったのだが、
“あれがあの騎士殿とはよ。”
 公主専属の“白き騎士”進清十郎。破邪護身の祈りを受けた、伝説のアシュターの聖剣を装備しており、日頃の寡黙さを払拭しての、ただそれでだけで圧倒されるような存在感をみなぎらせての攻勢に出た彼に、立ち塞がることの可能な敵など果たしているのだろうかと言われているほどに。彼を知る誰もがその実力を疑わぬ、今世最強の剣士であり。そしてそして、小さな公主様にはその身を全て…忠誠心は元より命も存在も何もかも、捧げて奉ることを最優先にして来た“騎士”でもあって。不器用頑迷、されど、だからこそ、実直誠実にして、真摯で懸命。公主様に陰のように寄り添い、何かしらの異変や奇禍が生ずればいつでもその身を楯にし。その体躯は屈強精悍、所作は剛にして鋭。されど態度・風情は寡黙にして不動であり、
『けど、ありゃあ忍耐が必要のない待機だからな』
 小さな公主様の傍らで、石像のようにいつまでもいつまでもじっとしていることを、そんな風に揶揄したのは、何処のどなたであったやら。その彼が、謎の襲撃事件と同時進行で消息を絶ち、公主様をやきもきさせた揚げ句に、何と敵の手の者の中に落ちており、しかもしかも…選りにも選って、公主様へと再び襲い掛かった一団の中にいたというのだから凄まじい。
“公主とそれから、あの砂時計…。”
 賊どもがどうしても奪って去ると宣言したのが、行方を晦ませたその剣士殿の所持品でもあった、グロックスとかいう古くて大きな砂時計。そこにあった紋章から、相手の候補として名が挙がったのが“炎獄の民”という存在であり、
“だが…。”
 世間と隔絶されたまま聖域を守っていた一族が、代々伝えていた古い逸話の中にようやっと残っていた…というような、とうの昔に滅んだとされている一族である筈なのに。それこそ神話の中にのみ、その名が語られているだけの。よって、本当にいたのかさえ不明とされ、戦いや力の象徴という存在に過ぎないのではなかろうかとさえ思われていたものが、どうして今、こんな形で現れたのか。
“単なる神秘主義者が掘り返したってだけじゃない。”
 彼らの力の物凄さの伝承を聞き、自分たちの思想の礎にと勝手に引っ張り出して拝んでいるだけだというような、そんな形式的なものじゃあない。襲撃者たちの中にいた、赤い眸の放った魔力もまた、彼らが直系の“炎獄の民”だという証しであり、
“………けどなぁ。”
 葉柱としては、どうしても腑に落ちないところがある模様。というのが、
“炎獄の民がどうしてまた、陽白の眷属である光の公主を襲うんだ?”
 伝承の中、彼らはいつだって陽白の一族の味方だったように覚えている。戦いにあってはその身を楯にしてでも、聖なる光の守護者である陽白の一族を守り通し、獅子奮迅の働きを示した。雄牛ほどもある大きな岩を高々と抱え上げて放り投げ、敵陣をクモの子を散らすように散り散りにしたり、炎をまとった杭を次々に矢のように投擲し、あっと言う間に原っぱを焼き尽くして敵を追い払ったり。剣を操る身のこなしもそれは秀逸で、大地の怒りからなる、熔岩による炎の河から生まれたという鋼鉄の聖剣を自在に振るって。駿馬にまたがり疾風のように戦さ場を駆け抜け、片っ端から敵陣を蹴散らした英雄たちのお話は、乳母に何度もせがんだのを思い出す。そうまでの働きを捧げていた一族の、しかも最も聖なる存在の“光の公主”を連れ出して、彼らはどうしたいのだろうか。
“自分たちの陣営へ連れて行きたいというだけだろうか。”
 それこそ、彼らの存在意義の礎として担ぎ出したいということか?
“…う〜ん。”
 荷物の方の一通りの旅支度は、昨夜のうちにも整えてあった。それでなくとも、長旅をしていた覚えはまだまだ記憶に新しい身だったから。手際というもの、きっちり覚えていたのへは、実を言うと自分でもちょっと驚いたのだが…それはともかく。外出用の道着を着付け、外套の代わりのマントを肩と襟回りの留め具で背へと流して装着し。筒裾のズボンの端を中へと入れ込む、丈夫な革のブーツで足回りを固めれば、それで身支度の方の準備も完了。チェストの上に置いてあった、守り刀は懐ろに、柄や鞘に咒詞を刻んで、導師のみが操れるようカスタマイズしたショートソードは腰に提げ、小間物を突っ込んだドラムバッグ…のような筒状の袋の荷をひょいと手に持つと、そのまま自室を出る。昨夜、アケメネイへの出立を決めた談話室には、既に同行する3人が顔を揃えており、
「あ、葉柱さん。」
 おはようございます、と。相変わらずに腰の低い、光の公主こと瀬那王子が入って来た葉柱へ、朝のご挨拶をと声をかけて来たものの、
「てぇーい、挨拶なんかどうでも良いってのっ!」
 そんな公主の前へと回り、さっきから何やら手をかけてやっているのが、彼の補佐や導きを役目とする“金のカナリア”こと、蛭魔妖一という黒魔導師なのだが、
「何でお前はこうも不器用なんだかな。」
「ごめんなさ〜いっ。」
 どうやら、外出用の身支度を自分でしたセナであったところが、何かと間違いだらけであったらしく。やはり防寒用の内着と上着に、防具を兼ねた金属の金具の装飾品を少々。その着方の順番や配置が大きく間違っていたのだそうで、
「判らないなら侍女に任せりゃ良かったもんを〜〜〜。ほらよ、これでいいっ。」
 極寒の吹雪の中、雪で埋まって道もない中を掻き分け掻き分け踏破する…というほどもの道程ではないので、そんなにも仰々しいいで立ちではない。とはいえ、いつも城の中にいて、寒さに弱いからと中庭へ出るにもまとっていた外套姿は見てもいたが、マントや帽子まで揃えた本格的な装いは、思えば初めてのお目見え。アンゴラ系のウサギかそれとも、この国では国王のみがまとえるというトーラスのヒツジの毛並みから取ったのだろう。柔らかだが編目の詰んだ、ニットの襟当てや帽子、手ぶくろを早々と着せられており。立った襟の中にはビクーニャのマフを巻いていて、暖かな室内では汗が出そうになっているほど。
「………こりゃあ速めに出立しねぇと、王子が熱中症でぶっ倒れかねねぇぞ。」
 いかつい面差しの特に男臭いその目許、ぎゅぎゅうと眇めたまんまでの葉柱の呟きに。傍らのソファーでこれもまた見物に回っていた、こちらは白魔導師の桜庭春人という青年が、堪らず“ぷくく…”と吹き出して見せている。
「だよねぇ。皇太后様や陛下からの差し入れだった、ちょっとばかり大仰だったマフやコートやブーツは、邪魔になるだけなんて言って撥ねつけちゃったクセにサ。」
 それらよりは軽めのものとはいえ、それでもやっぱり…もう春も間近いという気候に加えて、
「“旅の扉”の乗り継ぎが大半な道程だっていうのにサ。」
 確かに、凄まじいほどの遠隔地への出立には違いないが、徒歩や馬車での旅じゃあない。白魔導師の勘でのみにて探せる、大地の気脈の節のようなところ。最初に通した能力者の使い勝手に合わせてあったり、同じ系列の何かしら、条件づけが似ている聖処同士などが、亜空と呼ばれる他次空を経由してつながっていて、一般には“旅の扉”と呼ばれている。そんな聖処を通っての、つまりはさして歩きさえしないような旅なのに。セナへの過保護っぷりは皇太后様や国王陛下と変わらない蛭魔であるらしく、
「うっせぇな。」
 そういう含みのある言われようだというのは、とうに察しもついてたらしい。淡灰色の瞳が冷たく冴えた、鋭角的な目許を斜
ハスに構えて、
「そんな言いようをしやがるんなら、俺も…この下に誰かさんから着せられた、防寒用の手編みの何たらってのが暑いから、今ここで脱いじまうが、それでも良いのかよ。」
 きっぱり言い切る蛭魔のお返しの啖呵を聞いて、うっと口ごもった美形の白魔導師様。
「…すいません。着てて下さい。」
 あっさり降参しているあたり…。
(苦笑) 結構な重装備をさせられたご本人、このお三人さんの中にあっては、大人と子供ほどもの身長差がある小さな公主様が、睨めっこになっているお二人から離れて葉柱の傍らへと寄って来る。これも早々と手ぶくろを装着させられた小さな手には、目の荒い木綿のふくろを抱えていて、
「葉柱さん、葉柱さん。カメちゃんはもうもうお外に出ても大丈夫なんでしょうか?」
 少し長いその袋の、巾着状に絞ってあった口のところ。よくよく見やれば、ドウナガリクオオトカゲのカメちゃんが顔だけひょこりと出している。軽くだろう引き絞られた口の縁がそんなカメちゃんの首の回りを綺麗に縁取ってもいて、それが丁度…フリルの襟のようになっていて。
「〜〜〜〜〜。」
「あー、桜庭さんと同じ顔なさってる。」
 ついつい吹き出しそうになったのを堪
こらえたのだろうと、ちょっぴり不満げにお口を尖らせるセナ王子であり。
「すまん、すまん。」
 可愛いサ、うんうんと、遅ればせながら言い足して。本来は自分の従者である、トカゲくんの頭を指先にて撫でてやる。このままマントの中で懐ろに抱っこするんですけど、それだけじゃあ寒いでしょうか。雪こそ消えましたが、それでもカメちゃんにはまだまだ寒い気候なんでしょう? その口許へ微笑まで浮かべて屈託なく話しているが、その胸中はいかほどの哀しみに震えておいでのことだろうか。優しくて愛らしく、繊細が過ぎてちょっぴり怖がりな、いつもどこかで及び腰の王子様。すぐ間近で剣を閃かせるような、それは危険な襲撃に遭ったり、大切な人を何処かへと攫われてしまったり。たった一日の内にあれやこれやと様々に衝撃を受け続け、さぞかし打ちひしがれてもおろうにと。此処に居る者のみならず、近衛連隊の隊長殿の高見氏も、セナ殿下の異母兄弟にあたる国王陛下も、皇太后様までもが。その身を案じ、そんな身で何もわざわざ王子までもが出立しなくともと、昨夜のうちに何度も説得されたのだけれど、
『不器用なばかりの自分が付いて行ったとて、導師様方の足手まといになるやもしれず、皆様にも今からこのようにご心配をかけ。本当に我儘勝手なことだとは重々判っているのですが。』
 自分が動けば事態も急転するというようなものではないのだし、所詮は利かん気な子供の駄々のようなものに過ぎないのだろうけれど。それでも。居ても立ってもいられない。今回の事態の全てを、この眸でこの身で受け止めたいし、どんなささやかなことにでも尽力して何とかしたい。
『ですが…。』
 セナの切実な訴えは、もはや懇願にも近くて。無理から引き留めては傷つくのではなかろうかという勢いさえあったのだけれど。だからと言って、王家の一員、現王の弟君が、しかもその御身をこそ名指しで狙われている真っ最中に。咒へ対しては最強の布陣だとはいえ、武装的には…頭数も少なく防御力もかなり薄そうな陣営にて。遠い国外へと出向く旅に翌日にも発つなどと言われて、どうしてあっさりと許可出来ようか。セナが居ても立ってもいられないのと同じくらい、陛下だって皇太后様だって、恐ろしい輩たちから標的にされてしまった彼のことが心配で心配で堪らないのに。
『ま、何かしてなきゃ到底落ち着けないという心情は判らんでもないし。』
 互いを大切に思い合う、そんな彼らの間に割って入ったのが。こういう仲裁にはあまり向かない、てぇーい面倒だと機銃掃射で全てを粉砕して方をつけかねない、蛭魔だったのが…その場にいた全員にはとってもとっても意外だったのだけれども。
『明日、我らが出立するというのは、先程も申し上げたように、こいつの故郷、アケメネイの聖域にあるという隠れ里です。』
 位置的には確かに王城キングダムの領土の外。王国の権限も及ばなければ、親睦関係を結んでいるような自治区もない場所ではあるが、
『陽白の眷属には縁の強い土地。この大陸の地の気脈の、それはそれは大きなほとびのある場所でもある。』
『それは…。』
 皇太后は元は巫女であられた身の上なので、そういうものへの感受性は高く。以前に…葉柱がやって来た時に“聖域”の話を聞いてもいたがため、蛭魔が何を言わんとしているのかにはすぐさま察しもいったらしい。そこで何かが起こったならば、大地の精霊たちは誰を優先して守るのか。どちらの陣営へ加勢をするのか。
『なに、今回の騒ぎに重要な関わり方をしているらしき、古き一族とやらの話を聞いて来るだけです。』
 旅の扉を使っての、ちょっとした気散じの散歩のようなもの。用が済んだらすぐにも戻って参ります、と。こういう時には絶大な効果を見せる、それはそれは鷹揚そうな態度にて。余裕の表情でさらりと告げて。それでは支度がありますのでと、優雅に、且つ、取り付く島も与えずに。颯爽とした所作振る舞いにて、退出をびしりと決めた導師様たち。彼らが優先するのはいつだって、小さな公主・セナ様の意向であり、全霊全力で守るべきもまた…人々の幸せは勿論のことながら、セナ様ご自身の幸いもまた、ささやかなものしか望まれないからこそ、どうあってもお守りしたい叶えてやりたいと望むのであって。
『キツいことを言やあ、進は見切ってもいい存在なんだがな。』
 そういう“選択肢”もあると。昨夜の夜中、寝間に入ってから、敢えて口にした蛭魔であり、
『妖一…。』
 どうしてこうも、この子は聡いのか。誰もが情に流されるところ、ただ一人、冷静冷徹に現実を見つめ。非情でも無情でもそれが違えようのない事実や真実だと、最も合理的な策であると、言を濁さず言い切れる、強い強い気性と気骨をしている子。無論のこと、深慮のない子供の勝ち誇ったような言いようではなく、それで傷つく者があるなら、恨みは全部引き受けようぞという覚悟があっての、辛いが悲壮な言いよう・指摘だからこそ。もっとずっと長いスパンで物事に対して来た桜庭としては、その激しい気性に驚かされたり、自分を憎んで済ませななんて構えへ持ってゆく彼に悲しくなったりするらしい。ちょっぴり情けないお顔になったのを、薄闇の中、しっかり気づいたらしくって、
『そんな顔すんな。お前だって思わなかった訳じゃああるまいよ。』
 あの二度目の襲撃の際、再び攫われた進を追うことよりも、セナの身を死守することをこそ、迷いもせずに優先させた彼らであり。仲間として、そしてセナの半身のような存在として、彼らにだって大切な青年であれ、この際はと切り捨てること、辞さない彼らでもあったには違いないものの、
『だがま、そんな短絡的でお手軽な“尻尾切り”なんて逃げの一手で良しとするほど、芸のないこたしたくねぇしな。』
 最初からそんな気なんてなかったくせにと、苦笑を返せば、それを睨んで…真摯な眼差し。
『冗談抜きにな。奴らは進にも用向きがあって拉致ってったに違いない。』
 その日の内に襲撃班へと駆り出されてたのはどういう手違いだったんだか、そっちは未だに判らんが、
『奴らの何かしらの企みに、必要な駒だったには違いない。』
 セナとグロックスと、そして進と。必要性の比重も意味合いもつながりも、今のところはてんで判らぬままなれど、そのうちの最もどうでもいい骨董品を得た代わりに、二番目に大切なもの、体よく奪われた自分たちであり。

  「………? それは?」

 よくよく見やれば、手ぶくろが片方、材質の違うものを嵌めているセナだと気がついて。葉柱が問えば、愛らしく肩をすくめ、柔らかそうな頬を赤くする。
「本当は防寒具じゃないんだそうですね。」
 そう。だから葉柱も違和感を覚えたもの。短剣を投擲したり、弓に矢をつがえたり、鞭やロープを操るような。手先指先が傷むだろう武器得物を使う者が、それを防ぐのに嵌めるグローブのようなもの。よって利き手用の片方だけしかないという代物で、
「進さんに頂いたんです。////////
 昨年のクリスマスに、そぉっとベッドの枕元へと置いてて下さった贈り物。仕立てと細工が繊細で美しく。それから、
「ここの手の甲を守るメダリオンが、とっても綺麗でボクに似合いそうだと思ったのだそうです。」
 女性用のサイズだということで…恐らくは戦いの女神なのだろう、女性の横顔と花とが浮き彫りにされてある鋼のメダリオン。戦闘中はどうしても剥き出しになって無防備な利き手への、敵からの攻撃から守るためにとかぶせてあって。これを見て、武器には造詣の深かったろうあの騎士が、防寒具ではないけれど、王子に似合いそうだからと取り寄せたらしき逸品で。
「そうだな。奴にしちゃあ気が利いてる。」
 あの朴念仁でも、綺麗だとか可憐だとかいうもの、少しは判るのだろう。いや、セナといることで判るようになったのかも。だとすれば、これはやっぱり一刻も早く、あるべき場所にあるべき存在を戻してやらねばならぬというもの。

  “こっちだって落ち着けねぇってな。”

 さあさ、準備も万端整ったことだしと。皆して顔を見合わせる。途中までは“旅の扉”で。最終の関門はカメちゃんこと“スノウ・ハミング”の奇跡によって、辿り着けるというアケメネイの隠れ里。今回のこの事態へこちらからの先手
(アプローチ)を取るために、少しでも収穫があることを祈りつつ、王城からの出立へと臨む彼らであった。







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  *相変わらずの見切り発車でございます。
   どんな展開になりますことやら、
   長い目で見守ってやったって下さいませです。